人文社会科学部 地域政策課程
准教授 朴香丹
環境経済学、家計経済学、幸福度
岩手大学人文社会科学部朴香丹らの研究グループは、日本の都市におけるインフラの分布が市民の主観的幸福度(Subjective Well-being: SWB)にどのように影響を及ぼしているかを実証的に検証しました。本研究の意義は、従来のように「平均的な影響」を見るのではなく、幸福度の異なる層に対してインフラがどのように作用しているのかを、分位点回帰(Quantile Regression)という分析手法を用いて分析した点にあります。これにより、政策介入がどの層に対してより大きな影響を持つかを明確にし、より効果的でターゲットを絞った都市政策の設計に寄与する可能性を持ちます。
人口の高齢化や政府の財政赤字といった要因を背景に、インフラの配置はより整理され、市民の生活に貢献するような、より有益なサービスの提供が求められています。都市インフラは、単なる物理的な施設というだけではなく、市民が安全に、健康に、快適に暮らすための基盤であり、その整備状況やアクセスのしやすさは、人々の主観的な幸福感にも密接に関連していると考えられています。 重要インフラは社会的および経済的機能を維持するために不可欠な施設、システム、資産を指し、博物館や図書館、公共機関、政府機関、政府サービス、保健センター、警察署、消防署、学校、病院、郵便局、障がい者センター、高齢者センターなどが含まれます。したがって、これらの施設との関連性は、市民の幸福度を向上させるためのインフラ整備における政策立案に貢献することが期待されています。
本研究では、さまざまな種類のインフラと市民全体の主観的幸福度との関連を明示することで、日本における政府主導のインフラ整備に関する実証的な知見を提供し、市民の幸福の向上に貢献することを目的としています。研究では、2015年から2017年の期間にわたる日本の市町村レベルのインフラおよび幸福度に関する独自の調査と政府統計局のデータを用いて、さまざまな種類のインフラと市民の主観的幸福度との関係を明らかにしました。インフラの種類としては、市町村内にある博物館や図書館、公共機関、政府の出先機関、行政サービス、保健センター、警察署、消防署、学校、病院、郵便局、障がい者および高齢者センター、公園の数を対象としました。市民の主観的幸福度を考慮するにあたっては、生活満足度の全体的評価、幸福感の総合的評価、強いストレスの経験、地域の安全に対する意識、地域への愛着といった変数を、市民の幸福度を表す指標として選定しました。
分析手法としては、通常の最小二乗法(OLS)と分位点回帰モデルを用いて、インフラと幸福度の関係を分析しました。方法として用いられた分位点回帰は、単に平均的な影響を見る通常の回帰分析とは異なり、幸福度の分布における異なる位置(例えば下位10%、中央値、上位90%など)に属する人々に対して、インフラの影響がどのように異なるのかを評価することができます。この手法により、本研究では「幸福度がもともと低い層に対してインフラ整備がどれほど有効か」を明らかにすることが可能となりました。
分析結果は博物館や図書館、政府機関、行政サービス、保健クリニック、警察署、消防署、学校、病院、郵便局、障がい者?高齢者センター、公園といったインフラと生活満足度との間には一貫して有意な正の相関関係が観察されました。さらに、住民は、政府機関や警察署、消防署、学校、郵便局などの公共機関が統合されている地域に住んでいる場合、地域の安全に対する意識が高まりやすい傾向があることも分かりました。分析結果はさまざまな種類のインフラが市民の幸福度や生活満足度に対して好ましい影響を与えていることを確認できましたが、一方でインフラが直接的に幸福感を高めたり、心理的ストレスを軽減したりする効果は確認されませんでした。統計的に有意な正の関係は、生活満足度が低?中程度の都市においてインフラとの間に見られました。
このことから、生活満足度や安全性の低い地域において、良質なインフラの整備を優先的に進めることが、市民全体の幸福度を向上させるためには非常に重要であることが示唆されます。今後の展開として、多様なデータセットや時間軸を取り入れた長期的な研究を行い、インフラ整備と幸福度の因果関係をより明確に解明していく必要があると考えられます。また、幸福度の向上という観点を都市政策の評価基準の一つとして取り入れることが、単なる経済成長主義とは異なる「持続可能で包摂的な都市」の実現に向けたエビデンスとなることが期待されます。
題目:Infrastructure distribution in cities and the improvement of the well-being of citizens in Japan: evidence from the quantile regression
著者:Xiangdan Piao, Chao Li and Shunsuke Managi
誌名:SUSTAINABLE AND RESILIENT INFRASTRUCTURE
DOI:
https://doi.org/10.1080/23789689.2024.2403882